
2008年06月04日
先日の郵便物に引き続き、バレリーナ展のメール版の招待状も昨日届いておりました。同じブルーの衣装のダンサーを描いた作品のようですが、この構図はこれまでの氏の作品の中でも非常に珍しいものですし、最近の作品なのでしょう。
当館でもこのところスタッフ間で日程調整をはかっていますが、館の方でも展示替え等の計画もありますし式典当日に伺えのるかどうかが(現時点では)曖昧なところ…。海を隔てた場所ですのでなかなかあれもこれもというわけにはいかないのが痛いですね。
どこでもドアの発明が本当に待ち遠しい今日この頃です。(笑)
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2008年05月29日
昨日、フランスのMonsieur ジャンセン氏からのお便りが届いておりました。
ご案内を拝見するに1968年〜2007年の新作に至るバレリーナのデッサン・アクリル・パステルの展覧会を予定されておられるとのこと。偶然にも当館の本年度夏企画もバレリーナ展(もしくはダンス展?)ですのでぜひ拝見しておきたいと思うのですが、今のところかなり日程調整が必要のようで…。(…ウウム。)
もう少し、お時間があるようです。
きっと今は準備にお忙しいことでしょうが、館員一同ご成功をお祈り致しております。
2008年04月24日
今日4月24日、当館では15回目の開館記念日を迎えました。
安曇野では昨日までの暖かさ(暑さ?)が嘘のように淡いグレーの空が広がって小雨が舞い、静かな優しい朝となっています。
また今日は、ジャンセン氏の故郷アルメニアでも慰霊碑のところでは朝から人々が沢山集い、静かに献花を捧げ祈りを深めておられることでしょう。。
2007年10月04日
10月1日昼間、烏が啼いたのでした。
瓦の似合う個で生く鳥。
その一羽烏に、しびれました。
…私は烏を見るとビュフェ世界を思い出すのです。
あの強い黒のせいでしょうか、梟のせいでしょうか。
そして今日はまた、そのビュフェ氏の命日になりました。
前年の日記にも書きましたが、安曇野の地からもご冥福をお祈りしております。
▶ベルナール・ビュフェ美術館はこちら(静岡県)
2007年06月01日
今日メールで次の展示への招待状とお知らせが届いていました。
今ちょうどあちらに伺っているスタッフもこのニュースはすでに聞いたのだと思いますが、E-mailというのは彼らが戻る前に届いてしまうのでやっぱり早いですね。
ここに印刷された作品は最初のリトレゾネの表紙にもなった作品です。(うーん…懐かしいですね…すでに絶版です。)
実は現在開催中の企画「老人と子供展」ではこのレゾネに掲載されている作品も密かに多数公開していて、中には初めて制作したリトグラフ作品もあります。(…これはなんと2枚しか刷られていない大変貴重な作品です。皆さん、お見逃し無く〜っ!!(笑)
2007年04月24日
今年は火曜でしたので定休館日でしたが、今日は当館の開館記念日でした。
遡ること1993年に沢山の皆様に見守られながらささやかな式典を行い、当館は開館しています。
しかしこの日はジャンセンの故国アルメニアにとっても忘れられない重要な日として考えられています。
昨年の日記にも少し書きましたが、現在ではアルメニア大虐殺の犠牲者を悼む記念日として国家をあげて追悼の式典等が催されます。
遠い日本からではありますが、私たちも犠牲者となられた皆さまのご冥福をお祈りしたいと思います。
2007年04月15日
今夜のNHKスペシャルから『新シルクロード 激動の大地をゆく』が始まりました。
一部でジャンセンの故国であるアルメニアも紹介され、彼らのアララト山に対する想いや侵略と迫害の歴史なども紹介されるようです。
ジャンセン氏はアルメニアジェノサイドを忘れてはいません。近年では虐殺のシリーズを描いて、フランスとアルメニア両国の国家勲章を受賞しています。
今後再放送や第2回以降もありますので宜しければご覧ください。
2007年01月18日
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今夜、お伺い出来ず申し訳ありません。。
素敵な時間となりますよう、
日本からお祈りしています。
2007年01月16日
ジャンセン氏より、この冬開催の展覧会の招待状と新しいカタログが届いています。
〝VISAGES〟は顔(FASES)を意味しますが1947年〜2004年に描いたデッサンの中から〝顔〟を描いた作品を集めて行うそうです。ふむふむ。このカタログ私も欲しい…。(笑)
レセプションはフランス時間で18日の夜。
当初予定していた渡仏スケジュールとぴったりだったのですね、残念!
このカタログは春の再開には入荷しておきたいなぁ。。
2006年11月22日
ジャンセンご夫妻の間には3人のお子さんがあります。彼らは当館館長と同世代になるので当然お孫さんたちも幾人もおいでなのですが、これは館長とご一家が食事をした際長女のFさん(下一列の女のダンス部分)と長男のJさん(右上部の男部分)の落書きしたものにJansem氏が更に手を加え(骸骨部分)全体を一つに繋げたものです。
この落書きは人気があったので数年前の当館の夏の限定オリジナルTシャツデザインにも起用されました。
遊び心のある彼らは、こんな風にほんのひとときの団欒風景をも楽しくしてくれます…。
ご家族を大切になさるジャンセン氏の一面も知っていただこうと、時折展示しています。
2006年11月20日
『…アカデミーというものは排他的であってはならず、また、そこで自由に勉強しようと思う人々に助力を与える以外のどのようなこともしてはいけないと私は断言いたします。アカデミーは、子供の学校のように厳しい服従を強要したり、機械的な規則、毎月の賞、財政的な援助など、絵画という自由で高貴な芸術を卑しめ、弱めるようなつまらぬことは、いっさい追放すべきです。…絵画に於いては何ら強要すべき規則もなく、すべての人に対してまるで奴隷のように同じやり方、同じ方法で学べと押し付けることは、神の創造されたものを明らかにするものであるから他のいかなる芸術よりも神の世界に近いこの絵画を学ぼうとする若い人々にとっては、ただ妨げとなるばかりだということを、私は事実によって証明することが出来ます。…』
フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス【1746-1728】
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※以上、1792年にゴヤが王立アカデミーに提出した“美術教育についての報告書”を部分抜粋。
※画像はジャンセンの描いた“ゴヤへのオマージュ”(1977年作品)
2006年10月04日
ベルナール・ビュフェは1928年(ジャンセンより遅れること8年)フランスに生まれ、1999年の今日71歳で逝去しました。
ジャンセン氏とビュフェ氏は実は非常に親しい間柄でした。
あのときジャンセン氏は長年の友が選んだ死に深く深く打ちのめされ、彼の心情やご家族の不安を想うと何一つ出来ない私たちでさえ、いてもたってもいられないものでした。
けれど、やはりそんな彼を支えたのはやはり『描く』という想い。
アルメニア大虐殺を体験した彼の『自分はそれを生涯の中で絶対に描くのだ、描かなくてはならないのだ』というまっすぐで強い心の叫び…。
2006年06月09日
今夜フランスでムッシュ ジャンセンの'05-'06作品発表のレセプションパーティーがあります。
虐殺を描き終えた彼の世界は明るく光に満ちていながら、哀しさを讃えているように感じます。
老いてなお輝き続ける彼の世界...☆
また新しい世界をご紹介出来ることは私達にとっても嬉しいことです。
本日はおめでとうございます♪
photo=(C)T.Yamada『山田毅写真事務所』
2006年04月24日
今日はジャンセンの故国アルメニアではトルコによるアルメニア大虐殺の被害にあった人々を悼む大切な日。
そしてまた当館においては開館記念日です。
アルメニアの慰霊の炎には今日また沢山の祈りと花が届けられることでしょう.。
私達も、遠い日本からご冥福をお祈りしております。
そして..これからもジャンセンの魅力をお伝えしていきたいと思っております。