西丸震哉記念館
西丸震哉記念館

西丸震哉記念館 0261-22-1436

文明社会の行く末に警鐘を鳴らし、人間にとって「確かに在るもの」という原始感覚を呼び覚ますことを説いた探検家・食生態学者西丸震哉の記念館です。

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   美術館日記

四万年を遡る可能性ある旧石器遺跡に向けて

写真1 石刃状剥片(安山岩製)
写真1 石刃状剥片(安山岩製)

写真2 ハンドアックス様礫片(花崗岩製)
写真2 ハンドアックス様礫片(花崗岩製)

写真3 台形状剥片(安山岩製)
写真3 台形状剥片(安山岩製)

 

夜のミュージアムにむけて(木崎湖への階段つくり)の続編です。

ここは、今後、日本の旧石器遺跡を考えるに上に重要な場所となると考えています。

6月22日の日本旧石器学会のポスターセッション、「小丸山ロームの層序に基づく更新世人類の痕跡」

の会場において、かの小田静夫氏に「僕の発掘した西之台遺跡のものとこれはそっくりだ」とコメントいただきました。

3年間に及ぶ小丸山ロームの表面採取の礫片・剥片がそのあるべき位置付けに到達した瞬間です。

帰館後の外仕事は先の湖畔階段の3年ぶりの本格的手直しで、この階段は亡父が昭和37年以来続けていた作業です。ここは、縄文遺跡の包蔵地のため、本格的な土木作業には県の教育委員会への許可申請が必要になります。ただし、植木の植樹やゴミ穴程度(50cm程度)は例外です。

ということで、今回の作業もステップを刻む(2030cm)程度のため、届け出は不要な範囲です。

ちょうど、小丸山では地元の文化財センターが建築にともなう開発による緊急発掘が並行して実施されていました。

上からステップ1、2、3と階段を刻み焼いた角材をほどこしながらすすむと案の定、自然礫とは思えない石片がでてきます。3年間の習性でステップ毎に整理し取り出します。ステップ3からは、石刃状の剥片(写真1)が取り出され、となりで作業中の縄文専門家にみていただくと、「石器ではない」とのことです。本来はここで作業を中止し、発掘のための試掘を執り行うべきだと考えられますが、上記の判断のため作業を継続できるわけです。

ということで、おかげさまで湖畔への階段が完成して、花崗岩のハンドアックス様礫片(写真2)・安山岩の台形状剥片(写真3)が西丸震哉記念館の4万年を遡る可能性のある石器のリストに追加されることになりました。

なお、これら取り出された石器類(あえて表現します)は長野県埋蔵文化財センター調査部長大竹憲昭氏にも見ていただいています。

なお、9月以降に予定される学術調査に際しては、大竹氏から直接ご指導をいただけることを期待しています。